不倫問題 都合のいいときだけ動物に戻るな

昨年に引き続き、今年も数々の不倫騒動がテレビを賑わした。
不倫は当事者間の問題なので、他人がギャーギャー騒ぐことではないと思っている。
しかし、人間というのは醜いもので、何故だか他人の人間関係が気になる。
ワイドショーが盛んに取り上げるのも無理はない。
結局のところ需要と供給だ。

さて、このような不倫騒動で毎回どこかのコメンテーターが言いだすのが
「男は生物として多くの子孫を残すように出来ている。不倫は自然なことだ。」
というやつだ。
誰でも一度は聞いたことのあるお馴染みのロジック。

僕は言いたい、
都合のいいときだけアニマルになるな、
と。

狼に育てられた少年少女の例がある。
彼等は硬質化した手足で四足歩行し、言葉は話さず、狼さながらに吠えるのだ。
人間は社会の中で育って、初めて人間になる。
人間はそれ単体では人間にはなれないのだ。
ある意味、人間はもはや単なる動物ではない。

そして、人間社会は倫理によって保たれている。
誰もが倫理を無視して暮らせば、人間社会は崩壊する。
社会の中で暮らすならば、ある程度共有された倫理観を持っていなければならない。

倫理観は場所によっても異なるだろう。
しかし、少なくとも日本では不倫は倫理に反することとされている。
不倫が自然なことだというならば、そこら中で糞尿して、他人のものを平気で盗むことだって自然なことである。
都合のいいときだけ動物に立ち返るのは卑怯だ。
不倫を肯定したいなら、不倫が許される社会でやるべきだ。

倫理を守ることはある意味痛み分けのようなものだ。
みんなが少しずつ我慢することで、幸福の合計を最大化しているのだ。
我慢できずにルールを守れない人が出てくるのは仕方がない。
僕達は動物的側面からは逃れられないのだから。
歯を食いしばって、ルールを変更しようとする人がいてもいい。
しかし、平気な顔をしてルールを投げ出してしまうのは身勝手ではないか。

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