「言葉は経験の共有に過ぎず、真理を表さない」 主観的な世界で生きる

「言葉は経験の共有に過ぎず、真理を表さない。」

どこで見たのか忘れてしまったが、とても面白い言葉だと思った。(・。・)

例えば感覚というのは、言葉で正確に伝えることはできない。
もしかしたら僕が感じる「痛いっ!(;´Д`)」とあなたが感じる「痛いっ!(T_T)」も異なる感覚であるかもしれない。

それでも、殴られれば多くの人が「痛い」と言う。
たとえ実際の感覚は違っても、「殴られたら痛い」という経験を共有しているからだ。

言葉は絶対的な真理を表すことはできないのだ。

絶対的な価値はない

あなたは僕の主観的な世界の中では一人の登場人物に過ぎない。
僕の人生が終わると共に、あなたも僕の主観的な世界から消える。
一方、あなたの主観的な世界から消えたのは僕だ。

(´・ω・`)

人生は最初から最後まで主観的に進行する。
俯瞰して自分を見ることはできないし、一人称視点で他人の世界を見ることもできない。
そして、人生が終わったら、自分の世界さえ見ることができなくなる。

日本は資本主義国家だからか、根底にはお金を稼いでいる人が偉いという認識があるような気がする。
その軸でしか評価されないから、みんな成功しようと競争する。

しかし、本来人生は主観的なものだ。
相対的な価値を求めるほど、承認欲求に飢えてしまうことになる。

有意義な時間は存在しない

僕は大学時代は、よく引きこもって酒飲みながらアニメばかり見ていた。
周囲の人は「時間がもったいない、暇人か!」と言うが、それは自分が持っている価値観でしか他人を測れないからそう思うのだ。

僕は幸福主義なので、幸せを最大化するのが人生の目的だ。
なのに、なぜ好きなことをやるのが時間の無駄なのだ?

社会システムとしての資本主義は優れているが、生産的なことのみを「忙しい」と表現するのは、資本主義の悪影響かもしれない。

本来はこの世の全てが無意味だ。
なぜなら人類にはどうしようもなく目的がないからだ。

人類は何千年後か何万年後か分かないが、確実に滅びる。
きっかけは隕石の衝突か、太陽の爆発か、地殻変動かは分からない。
人類を襲う脅威は終わることなく無限に続く。

僕がどれだけ素晴らしい発明をしても、素晴らしい子孫を残しても、いつかは人間自体いなくなってしまう。
人間の活動はどうしようもなく意味がない。
だから人生という文脈では有意義な時間など存在しない。

無意味で有価値の世界

人類自体に意味が無いのなら、僕は何かに意味ではなくて、価値を求めようと思った。
僕がアニメを見ても、何か意味があるわけではないが、楽しいです。
つまり、僕はアニメが好きなのだ。
言い換えれば僕はアニメに価値を感じているということだ。

価値観は人によって異なる。
誰かにとって大切なものが、僕にとってはどうでもよかったりする。
自分が価値を感じていれば、他人がそれをどのように評価しようと気にする必要はない。

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