フィリピン式兄弟と日本式兄弟

実は僕は兄と6,7年くらい会っていません。
今更嫌い合ってるということもないと思いますが、別に会いたいということもありません。
僕の中では血は繋がっているけれど、やはり他人という意識が強いです。

僕の例は極端かもしれませんが、フィリピンの家族は日本の家族に比べて絆が強い気がします。
経済的に個々が独立できないということが大きな要因でもあると思いますが、家族のありかたも関係しているのではないかと思っています。

長女・長男がリーダー

フィリピンでは、長女・長男が下の兄弟の面倒を見ます。
例えば、親が長女・長男に「兄弟を呼んできなさい。」といった具合に、兄弟の監督役は長女・長男が努めます。
兄弟が何かやらかすと、長女・長男も叱られます。

こうやって長女・長男が兄弟のリーダーとなった子供のグループが形成されます。
それがフィリピンの兄弟の絆の強さの由来ではないかと思います。
昔の日本はこんな感じだったんでしょうか。

フィリピンの家族は経済的にも長女・長男に依存します。
親はリタイアして、下の兄弟の養育費も彼等がサポートすることが少なくありません。
そして、彼等はそれを苦にせず当たり前に行います。

現在の日本の家族から受ける印象

一方、現在の日本では個人主義が広がり、連帯責任という教育は合わないでしょう。
また、長女・長男が兄弟の面倒を見るよりも、親がそれぞれの子供の面倒を見る割合が圧倒的に多いです。
長女・長男にとって、兄弟は世話の対象というよりも遊び相手に近いのではないでしょうか。

日本はフィリピンに比べて経済的に余裕があり、個人がそれぞれ独立して生計を立てることが出来ます。
だから、親や兄弟が長女・長男に依存する必要がありません。

どっちがいいのか

フィリピン人の献身的な姿勢には感心しますし、兄弟の絆が強いのも良いことのように思うでしょう。
しかし、連帯責任を拡大すれば、罪を犯した人間の兄弟が批判されるのも当然ということです。
それはもちろん極端な例で、実際にはフィリピン人でも多くの人が罪は本人が背負うものだというでしょう。
しかし、小さな規模でそのようなことが起こっているということです。

日本でも殺人犯の家族がネット等で晒されて問題になったりするわけです。
そのようなことにつながる連帯感であれば、僕は無くてもよいと思っています。
また、長女・長男のみに兄弟の世話の義務が課せられることも平等性に欠けています。
そういう意味では、僕は日本式の方が合っていたのかもしれません。

家族間の絆が弱いが、平等で自由な日本。
家族間の絆が強いが、不平等で不自由なフィリピン。

フィリピンはまだ、個人主義が広がる経済的な地盤がありません。
これから経済発展していく中で、フィリピンがどのように変わっていくのか注目です。

最後に

全ての家庭がこれに当てはまるわけではなく、フィリピンと日本という大きな文化圏で区切った話です。
あくまで個人の感想で、統計的な根拠はありません。
ただ、僕の経験からはこのような考察に至りました。

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